ゆりの日々あれこれ

土用の丑の日

土用の丑の日

もうすぐ1年で1番暑いとされている、夏の土用です。
土用は立秋(今年は8月7日)の前18日間とされており、今年の土用の入りは
7月20日。  土用の丑の日は7月26日です。

各季節に土用がありますが、今は土用と聞くと最も暑い日と思う程、夏の土用が定着しています。
土用の丑の日には、ウナギを食べる習慣がありますが、最も暑い時期に夏バテ防止のために食べます。
一説によると江戸時代、平賀源内が鰻屋から宣伝を頼まれ、丑の日の鰻は薬になると吹聴したともいわれているそうです。




七夕の由来

七夕の由来

7月7日は七夕 (たなばた・しちせき)です。
1年間の五節句の1つにも数えられます。


棚機(たなばた)
棚機(たなばた)とは、古い日本の禊ぎ(みそぎ)行事で、選ばれた乙女は、
棚機女(たなばたつめ)と呼ばれ、川などの清い水辺にある機屋(はたや)にこもって神さまのために、心をこめて着物を織りました。
神さまを迎える為、織った物を棚にそなえ、秋の豊作を祈ったり、人々のけがれを祓いました。
そのときに使われたのが、棚機(たなばた)という織り機です。

やがて仏教が伝わりお盆行事になり、精霊棚とその幡を安置するのが、
7日の夕方であることから、7日の夕で「七夕」と書いて「たなばた」と、
当て字で読んでいるのも、ここから来ていると言われています。



おりひめ☆ひこぼし 物語り
天の川をはさんできらめく、琴座のベガと呼ばれる織女(しゅくじょ)星は、裁縫の仕事、鷲座のアルタイルと呼ばれる牽牛(けんぎゅう)星は、農業の仕事を、つかさどる星と考えられていました。

この二つの星は、旧暦7月7日に天の川をはさんで最も光り輝いているように見えることから、いまから2000年前にはすでに中国では、この日を一年一度のめぐりあいの日と考え、七夕伝説が生まれました。

そして、機織りに励んだ天上の織女にちなんで、星に技芸の上達を祈る
「乞巧奠(きこうでん)」という宮中行事が生まれ、日本へと伝わりました。



乞巧奠(きこうでん)
乞巧奠(きこうでん)は、中国の行事で7月7日に織女星にあやかり、はた織りや裁縫が上達するようにと、お祈りをする風習から生まれ、やがて芸事や書道などの上達も願うようになりました。

その後日本でも芸の上達を願って行われるようになり、歌を梶の葉に書いて祈るようになりました。
江戸時代になると、七夕の行事は民間にも広がり、梶の葉のかわりに、短冊に色々な願い事を書いて笹竹に飾り、星に祈るお祭りとなりました。
このお祭りが今も続いているのです。



五色の短冊
五色のたんざくの五色は、
五行説(中国の話で木・火・土・金・水の五つの要素で、自然が成り立つという説)
に由来して、緑・赤・黄・白・黒 をさし、中国では短冊ではなく、5色の糸をつるすのだそうです。




父の日の由来

父の日の由来

父の日は、6月第3日曜日。
今年は6月20日、父に感謝を表す日です。

『父の日』と呼ばれるようになったのは、1909年にアメリカ・ワシントン州のJ.B.ドット夫人が、彼女を男手1つで自分を育ててくれた父を讃えて、教会の牧師にお願いし、父の誕生月6月に父の日礼拝をしてもらったことがきっかけですが、
当時すでに「母の日が始まっていたため、母の日があって父の日が無いのはおかしい。母の日のように、父に感謝する日を日もつくって下さい。」と、
牧師協会へ嘆願して始まり、アメリカの年中行事の一つになったたそうです。

父の日はなかなか祝日にはならなかったのですが、62年後の1972年(昭和47年)にようやく、アメリカで祝日に決定されました。

母の日の花がカーネーションなのに対し、父の日の花はバラ。
これはドット夫人が、父の日に父親の墓前に、白いバラを供えたからとされています。

日本でも、父親の苦労に感謝して贈り物などをしますが、1950年(昭和25)ごろから、次第に行われるようになったそうです。




卯の花くたし

卯の花くたし

最近少し雨の日が続き、少し肌寒いし嫌ですよね。

5月から6月上旬にかけて、しとしとと長く降り続く雨、梅雨にはまだ早い、この時期の雨を『卯の花くたし』と言うそうです。

卯の花くたしとは、「白い卯の花をくたす(腐らせてしまう)ほどの長雨」という意味で、卯の花は日本全国に見られる花で、5月、6月頃に白い花をつけます。

「卯の花腐し」の「くたし」というのは、物を腐らせることを意味し、動詞の「くたす」からきているといわれています。

また曇り空を「卯の花ぐもり」とか「卯月ぐもり」と呼ばれ、本格的な梅雨入りの前なので、はしり梅雨と梅雨のはしりとなることもあるそうです。
「梅雨のはしり」というのは、5月中旬〜下旬頃に現れる、梅雨のようなぐずついた天気の事をいいます。




端午の節句 由来

端午の節句 由来

5月5日は、子どもの日
お父さん・お母さん、それにおじいちゃん・おばあちゃんにとっても、この日は子どもの成長を願う欠かせない行事の一つです。

端午の節句は、男の節句とされていたので昔は鎧や兜はお父さんやおじいちゃんが飾るのが習わしだったみたいですが、、現在では特にこだわる必要はないそうです。
4月中旬までには飾りの準備を終わらせ、当日か前日の晩には両家両親や知人を招き、縁起物のご馳走でおもてなしをします。

この端午の節句の歴史は古く、奈良時代から続く行事だそうです。
端午とは、月の端(はじめ)の午(うま)の日という意味で、もともとは5日に限ったものではなかった様ですが、午と5が同じ発音なので毎月5日をさすようになり、やがて5月5日になったとも伝えられています。


鯉のぼり

「登竜門」という言葉がありますが、鯉が「竜門」という滝を上ると竜になって天にのぼるという中国の伝説にちなんで、どんな環境にも耐え、立派な人になるようにという、子どもの立身出世を願った飾りが「鯉のぼり」です。

鎧・兜

鎧・兜は、長い武家社会の中では身を守る大切なものでした。
つまり兜を飾るのは、その兜や鎧が子どもの身を守り、災いが降りかからないように、無事に成長するようにという願いが込められています。

柏餅・ちまき

柏の葉は、新芽が出ないと古い葉が落ちないという特徴があり、「子が生まれるまで親は死なない」「家系が絶えない」ということから「子孫繁栄」の意味があるそうです。
ちまきは、「難を避ける」という意味があり、この日に親戚・知人に配るという中国の習わしが伝わったものだそうです。

菖蒲湯

当時は邪気を避け魔物を祓う薬草とされていた菖蒲やよもぎと共に軒にさし、あるいは湯に入れて邪気を払う「菖蒲湯」として浴しました。




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